5月8日の日記

2008年5月8日
普通に生きてても人の存在に触れられる心地のする一瞬なんかほとんど訪れない。
愛されるための振る舞いか自分のための振る舞いかどちらを選択すべきかいつも逡巡している。どちらを選択しても休まることがない。
苦しいということが間違っているような気分になる。間違ってるとか正当性があるとかじゃないんだけど。
これをネガティブと呼ぶんだね世間はおそらく。

例の好きな人に先月「○○さんって」と話しかけられたので何かと思えば「左眉が時々ぴくって上がりますね」とのことだった。そーなんだよ…見ないでくれよ。それをチックと名付けていいなら安堵できるけど名付けられない。
存在の軸のところがぶれててどうにもならない。

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繭

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