ISBN:4061983814 文庫 講談社 2004/09 ¥1,365
再読したいけど妹の元から返ってこない。
これが初めて手にした色川作品だったわけですが、夏場のあっつい部屋で蒸されながら読んでました。そういう自分いいなとか思ってたわけで、その点は若いですが、今読んでも当時と変わらない鮮烈さや凄みを感じるんじゃないかと思う。根本的な部分に持ち続けている興味はあまり変化してないはずだから。
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主人公は精神病院に入院中の男性である。子供の頃父親の破産により一家離散し、さまざまな職業を転々とする。知り合った女性との婚約に大きな喜びを感じるも、彼女は死んでしまう。主人公は確固たる居場所をなかなか手に入れられない。多くの現実を消化しきれないまま、正気と狂気の間を行き交う日々を過ごすなかで、同じ病人の圭子と出会い、圭子の退院と共に彼女の同居人となる。そうしてようやく安息を得られるかと思うのだが…。
やはりここに描かれる幻覚があまりに変化に富んでいるのには衝撃を受けた。どう逃げ回っても追ってくる機関車、壁にへばりついた字が天井に来た母艦に吸われていく幻覚、体に吸い付く蟹の大群等、私の乏しい想像力をはるかに越える物ばかりで、これほど凄いものかと驚かされる。
しかしそれだけに終わらない。主人公の、折り合いのつかないままわだかまっている種々の物事、それが孤独の渦を巻いている。ずるずると終わりのない苦しさはこちらの心の奥までひたひたと迫ってきた。淡々と綴られ、やたら感情的になるわけでもない。それがかえってこちらにまっすぐ訴えかけてくる。
「限りなくひとりの世界に安住しようとする性情と、人並みに近親や相棒を必要とするところと、自分は欲をはってどちらも捨てきれない」「自分は、両親も、弟妹も(中略)誰をも、本当に知らずに、また彼らにも知らせず、ぽつんと生きてきた。それが、憎い」…きりなく引用できるほど、主人公の思いが切実に渦巻いている。
他人を信じきれないと言いつつ完全に背を向けているのではない。妙に厭世的を気取るのでもなく、「死ぬまで個々のケースを歩いていくだけだ」と言う反面「誰かとつながりたい」と切に願う。その二つの間で板ばさみになりながらも生きなければならない。そこに「弧絶」の苦しさをひしひしと感じる。「人間の感情などというもの、つまるところは単純、素朴なもので、弧絶、それだけだ」この一文には、とても殺伐とした寂しさ、埋めがたい空白が目の前に突然広げられたようで、ぐっと胸につまるものを覚えた。
「完全な狂人となって、正気を失ったまま日が送れたらどんなに楽だろう」という言葉の凄みに強く揺さぶられたのは、それが一時的な慰みではなく、生死を賭けたような切実さから発せられるものだからだろうと思う。
おかしいのは自分だけなのか。他の人もこんな事を感じているのか。主人公は何度も問いかける。それは外へというより、自分の奥底の、どうにも始末のつかない心の核心部分への問いかけのように感じられた。(2001.12.27)
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人と繋がりたいというひたむきな思い、孤絶を実感する事の凄みなどがとにかく真正面から迫ってくる、重みのある感情の渦巻く一冊。見物気分ではいられなくなり、目線が主人公と同じ地点まで引き下ろされ、真剣な心で向き合ってしまった。個人が、それから個人と個人が生きるって何なんだろうなあと考えさせられる。
小説を読む意義みたいなものを、こういう作品に出会った時に私は純粋に感じるような気がする。
再読したいけど妹の元から返ってこない。
これが初めて手にした色川作品だったわけですが、夏場のあっつい部屋で蒸されながら読んでました。そういう自分いいなとか思ってたわけで、その点は若いですが、今読んでも当時と変わらない鮮烈さや凄みを感じるんじゃないかと思う。根本的な部分に持ち続けている興味はあまり変化してないはずだから。
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主人公は精神病院に入院中の男性である。子供の頃父親の破産により一家離散し、さまざまな職業を転々とする。知り合った女性との婚約に大きな喜びを感じるも、彼女は死んでしまう。主人公は確固たる居場所をなかなか手に入れられない。多くの現実を消化しきれないまま、正気と狂気の間を行き交う日々を過ごすなかで、同じ病人の圭子と出会い、圭子の退院と共に彼女の同居人となる。そうしてようやく安息を得られるかと思うのだが…。
やはりここに描かれる幻覚があまりに変化に富んでいるのには衝撃を受けた。どう逃げ回っても追ってくる機関車、壁にへばりついた字が天井に来た母艦に吸われていく幻覚、体に吸い付く蟹の大群等、私の乏しい想像力をはるかに越える物ばかりで、これほど凄いものかと驚かされる。
しかしそれだけに終わらない。主人公の、折り合いのつかないままわだかまっている種々の物事、それが孤独の渦を巻いている。ずるずると終わりのない苦しさはこちらの心の奥までひたひたと迫ってきた。淡々と綴られ、やたら感情的になるわけでもない。それがかえってこちらにまっすぐ訴えかけてくる。
「限りなくひとりの世界に安住しようとする性情と、人並みに近親や相棒を必要とするところと、自分は欲をはってどちらも捨てきれない」「自分は、両親も、弟妹も(中略)誰をも、本当に知らずに、また彼らにも知らせず、ぽつんと生きてきた。それが、憎い」…きりなく引用できるほど、主人公の思いが切実に渦巻いている。
他人を信じきれないと言いつつ完全に背を向けているのではない。妙に厭世的を気取るのでもなく、「死ぬまで個々のケースを歩いていくだけだ」と言う反面「誰かとつながりたい」と切に願う。その二つの間で板ばさみになりながらも生きなければならない。そこに「弧絶」の苦しさをひしひしと感じる。「人間の感情などというもの、つまるところは単純、素朴なもので、弧絶、それだけだ」この一文には、とても殺伐とした寂しさ、埋めがたい空白が目の前に突然広げられたようで、ぐっと胸につまるものを覚えた。
「完全な狂人となって、正気を失ったまま日が送れたらどんなに楽だろう」という言葉の凄みに強く揺さぶられたのは、それが一時的な慰みではなく、生死を賭けたような切実さから発せられるものだからだろうと思う。
おかしいのは自分だけなのか。他の人もこんな事を感じているのか。主人公は何度も問いかける。それは外へというより、自分の奥底の、どうにも始末のつかない心の核心部分への問いかけのように感じられた。(2001.12.27)
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人と繋がりたいというひたむきな思い、孤絶を実感する事の凄みなどがとにかく真正面から迫ってくる、重みのある感情の渦巻く一冊。見物気分ではいられなくなり、目線が主人公と同じ地点まで引き下ろされ、真剣な心で向き合ってしまった。個人が、それから個人と個人が生きるって何なんだろうなあと考えさせられる。
小説を読む意義みたいなものを、こういう作品に出会った時に私は純粋に感じるような気がする。
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