▼『素晴らしい世界』(1)浅野いにお(小学館、2003年)
ずしっと響く物語を想像してたんだが、あれ、意外とライトなのね…。もっとぐさっと刺してもらってもこっちはOKなのだが。
短編を九作収録。登場人物の誰もが何かを抱えていて、まだやり直しの出来る地点にいて、その糸口を掴もうともがいている。今時の若者の雰囲気がそっくりそのまま紙面に持ち越されていて、その点が上手いとは感じる。そして、自分はなかなかそちら側にはなれそうにないとも。若くないんですかね私は。
どこかで「痛い青春系なら浅野いにおか福満しげゆきがお勧め」と書かれていたのには首をかしげた。教室に両者がいたら恐らく別行動でしょう。こっちは割とからっとしてて弾けているので。表層的とすら思うほど。

▼『sink』(1)いがらしみきお(竹書房、2002)
何でもない日々に起こる奇妙な変化の数々。じわじわ襲いくる不安を回避できない人々。道には煙草の吸殻が増え、おびただしい数のタイヤが壁に埋め込まれ、自宅の押入れには知らない内に土が詰められている。
何が恐ろしいってそれらの意図の見えなさが。恐怖といっても直接危害を加えてくるわけでも血や悲鳴などのわかりやすい形を取るわけでもない分、不可解さが加わる。だんだん日常がほころびていく姿が気持ち悪い。

▼『自虐の詩』(上・下)業田良家(竹書房、1996年)
世間の「泣けた」という評判に乗れない場合が多いのだが、今回はやられましたね…。特に下巻が。貧乏や周囲への引け目などをことさらに訴えるわけでもなく、淡々と受け入れている感がある。少女時代の回想部分のエピソードが具体的に描かれていて、地味ではあるがその方が伝わってくるものがある。
夫婦関係を描いた部分よりも、回想部分のたった一人との友情とその後の再会、母親に宛てた手紙の内容に泣けた。

▼『この世の終りへの旅』西岡兄妹(青林工藝舎、2003年)
好きですねー西岡兄妹。日常の生活からいつの間にか非日常的な旅へ踏み込んでしまった男の話。夢を見る感覚に近い。色んな解釈を誘う作風ではあるが、それよりもこの世界をただ体感するつもりで読みたい。画面に精密に書き込まれた模様に引きずり込まれる。
起こっている状況はシリアスなものであるのに、どこか実感を伴わず一枚隔てて全てを見ている感じに覆われている。短編集『心の悲しみ』内の「こことは違うどこか遠くの場所でぼくの心が悲しんでいる」という台詞に象徴される感覚であり、それが魅力だとも思う。
彼らの作品は音楽に似ていると思う。同じフレーズが延々ループする中で漂っている白昼夢のような、心地良いけどやがて不安になるような音楽。

▼『少年少女』(1)福島聡(エンターブレイン、2002年)
無理矢理盛り上げようとしなくても、日常のちょっとしたひとコマが切り取りようによっては十分ドラマになり得ると思わせる作品集。人物のやり取りを自然に静かに描く。台詞に表れない部分を味わいたい。「自動車、天空に。」が良かった。

▼『まだ旅立ってもいないのに』福満しげゆき(青林工藝舎、2003年)
迷っていたところをフリスクさんの日記に後押しされる形で購入。冴えない日々を悶々としながら過ごす主人公の話が多い。ひっそりと目立たない場所で生きている人間の心情を的確に描いている。
もやもやの解消方法を探す事もすっぱりと悩みを切り捨てて前に向かう事もできず、ただぐるぐると同じ地点で悩んでうなだれている煮え切らなさが特徴で、そこに親近感を覚えてしまったんですが、それってどうなんだ私、という気も。

▼『赤い文化住宅の初子』松田洋子(大田出版、2003年)
どちらかというと併録の「PAINT IT BLUE」が良かった。下請け工場の18歳の少年と周囲の大人達の自虐的で殺伐とした日々を描く。生命力に満ちた負のパワー、というとおかしいが、半ばヤケクソの必死さに圧倒されるものがある。多分こんな感じなんだろうな…と。表情の描き方や人物描写がリアルで、特に嫌な部分やねちっこさを描くのが上手くて引き込まれる。

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繭

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