1月5日の日記
2007年1月5日ネット上の文章って、気に入ればブックマークし飽きれば軽やかに読み捨てされる、そういう運命を前提に存在するものなのかもなあと思った。いくらかの人がこんな辺鄙なページにわざわざ目を留めてくれて、その中には言ったら悪いけど何だかもにょってしまうような人もいる。ああ、こういう余計な事を言うから私は味方をなくしていくのだろうか。そうかもしれない。ともあれ、私はDiaryNoteの雰囲気に慣れているせいか、ブログというのも結局は現実世界の人付き合いの縮図であるとして受け止めているのだけど、そもそもそういった作法とは無関係に存在する、手軽にアクセスできる情報の一つである(でしかない)というのが大方の見方なのかもしれない。まあ、膨大な中から誰かが一瞬でも掬い上げてくれるだけでもありがたいっちゃあありがたいんですけど。それもまあ本音。
あれ、何を言いたいか訳がわからなくなってきた。
実家に帰ると父がmixiを始めていたので何だか変な感じがした。で、それを少しだけ借りて検索をさせてもらう。というのもここをよしてmixiに移っていったある方の日記を読みたいなあと以前から思っていたので。辿りついたその人は秋頃から更新を停止していた。なので私のmixiへのいくらかの未練もなくなったのだった。文体や醸し出す雰囲気が何となく居心地の良い人であった。何してるのかなあ今。私は人への興味が狭くて偏屈なので忘れられない人なんかそんなにいないけれど、それでもネットをしていて何人かそういう人に出会えるというのは本当に大切な事だなあと思う。
今日は頑張って起きて長襦袢に半襟をつけた。この作業が嫌いで嫌いで…。また中古だったからとはいえ、私の持っている長襦袢の汚さったら。
実家では親戚の子の面倒をいつの間にか見ていて、○○ちゃんも変ったねえと母や色んな人から褒められるけど(褒めてるんだろうかそれ)、24という年がそうさせているのです多分。さて、そろそろ仕事に行く準備をしなくてはね。できるだけ早くこのもやもやのトンネルから抜け出せますよう。
あれ、何を言いたいか訳がわからなくなってきた。
実家に帰ると父がmixiを始めていたので何だか変な感じがした。で、それを少しだけ借りて検索をさせてもらう。というのもここをよしてmixiに移っていったある方の日記を読みたいなあと以前から思っていたので。辿りついたその人は秋頃から更新を停止していた。なので私のmixiへのいくらかの未練もなくなったのだった。文体や醸し出す雰囲気が何となく居心地の良い人であった。何してるのかなあ今。私は人への興味が狭くて偏屈なので忘れられない人なんかそんなにいないけれど、それでもネットをしていて何人かそういう人に出会えるというのは本当に大切な事だなあと思う。
今日は頑張って起きて長襦袢に半襟をつけた。この作業が嫌いで嫌いで…。また中古だったからとはいえ、私の持っている長襦袢の汚さったら。
実家では親戚の子の面倒をいつの間にか見ていて、○○ちゃんも変ったねえと母や色んな人から褒められるけど(褒めてるんだろうかそれ)、24という年がそうさせているのです多分。さて、そろそろ仕事に行く準備をしなくてはね。できるだけ早くこのもやもやのトンネルから抜け出せますよう。
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