吉原幸子の詩を読みたくなって詩集を借りる。教科書で読んだ「不眠」という詩を求めての事だったのだけど、当然現代詩なんてほとんど国語の授業では飛ばされるもので、私は先生の話をうわのそらで聞き流しながら詩を読む事に没頭していた。その時何の講義がなされていたかなんて完全に背景に退いてしまって、ただ詩と共にあった時間の閉じられた雰囲気しか記憶していない。
部活動の一環で私も何か書いた覚えはあるが、どれもトーンは似たり寄ったりの不出来なものだったと思う。学校での・家庭での不和、そんなものはごくありふれたものであったろうし、その上少しもセンセーショナルにもなりえないそういう日常を、私は時々「受難」だなんて、大げさかつ自己陶酔的な気持ちでもってそんな言葉に置き換えつぶやいてみる日もあった。中高生なんてそんなものだろうし、感傷を気取るのが日々をやり過ごすための方便だったのかもしれない、と自分にエクスキューズを与えてみるのだけど、私もそろそろ次に行かなければならないのかもしれない。ただあの時見ていた窓の外の空の事やら何やら、あの日の自分のために、これからの私のために、書いてしまわなければならない気持ちもするのだけど。
体がどろんとだるいので、スーパーで黒酢ジュースとアロエヨーグルトを買って体にいい事をしているつもりになる。台所にかがんで冷蔵庫の干しエビを少しつまむ。たくさんの色んな姿勢をしたエビの両目がこちらを見ている。
部活動の一環で私も何か書いた覚えはあるが、どれもトーンは似たり寄ったりの不出来なものだったと思う。学校での・家庭での不和、そんなものはごくありふれたものであったろうし、その上少しもセンセーショナルにもなりえないそういう日常を、私は時々「受難」だなんて、大げさかつ自己陶酔的な気持ちでもってそんな言葉に置き換えつぶやいてみる日もあった。中高生なんてそんなものだろうし、感傷を気取るのが日々をやり過ごすための方便だったのかもしれない、と自分にエクスキューズを与えてみるのだけど、私もそろそろ次に行かなければならないのかもしれない。ただあの時見ていた窓の外の空の事やら何やら、あの日の自分のために、これからの私のために、書いてしまわなければならない気持ちもするのだけど。
体がどろんとだるいので、スーパーで黒酢ジュースとアロエヨーグルトを買って体にいい事をしているつもりになる。台所にかがんで冷蔵庫の干しエビを少しつまむ。たくさんの色んな姿勢をしたエビの両目がこちらを見ている。
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