ISBN:410129402X 文庫  新潮社 1983/01 ¥420

「かわうそ」が一番凄いなと思ったのに、最初に持って来られているこの構成のために、あとで全て読み終わった時に何だかもったいない気も抱かされてしまう。
定年を迎え、脳卒中で倒れ軽い麻痺の残る夫が、その妻との暮らしを振り返って思う。溌剌として無邪気な面がある一方では無神経さやうっすらと残酷さも持ち合わせる妻に対して夫が感じる通じ合っていなさというか、こまやかさのない態度から受け続けたと思われる水面下での小さな傷の積み重なり、そういうものの描き方が見事だと思った。ラストシーンに至っては、ほんの少しの短い文ごとがはらむ静けさにぞっ…とすらさせられた。その光景が、光や影の具合まで浮かぶような気がする。
解説の「弱さや、狡さ、後ろめたさを、人間の愛しさとして捉えた」には「愛しさ」とあっけらかんと言い切っていいものかと思った。愛しさの他にももう一枚、複雑で面倒な感情もひんやりとはさまっているように思う。

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繭

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