1月21日の日記
2005年1月21日国家試験の勉強として老人福祉論の所を読んでいた時におばあさんの事をふと思い出す。
年賀状を出す時に、長生きしてねなんて書かんときよと言われ、もちろん書かないつもりだと思った。普通はそう願えるのが幸せな事で、外から見ればこの母と私のやり取りはきっと嘆かわしすぎる。だけど「長生きしてね」という言葉がある種物凄く無邪気すぎる、そして幾らかの人の心に嫌な感情を与えてしまう、そういうぴりぴりした状況がおばあさんを取り囲む人達の間に起こっているわけで。そして私もそれをぬけぬけと批判できる立場ではない一人だ。
ただ、元気でいてくれたらとは思うし、せめてそれは書いた。でも元気でなくても何でもいいから生きていてくれれば…と純粋に願う事ができない。ほとんど思い出がないせいもあるだろうが、何か可哀相だとかこれからは少しでも実家に帰って顔出そうと思う以外は、これといった強い思いが湧かない。その自分の打算ぐあいが後ろめたい。いつもそれだ。
なくして何も感じないわけはない、それは断言できるが、逆になくす事で私が涙を流すほどの何か・誰かはいるだろうかと考えてみると黙り込むしかなかった。その自問に反論できない事に気づかされる。何のためらいもなく純粋に愛情を注ぎあたたかい思いを育める対象や機会が、遡って考えてみても自分にはほとんど見当たらない気がして、これって結構異常な事ではないんだろうか。そんな事を思うとゆっくり落ち込んでいくし、人間としてその点で大きく欠けていると思わされる。いつもそれが引っかかりコンプレックスになっていたし、人のせいにしてもそれで落ち着くわけではないのだ。
今から頑張ればいいんだろうか。にしてもこんなんでいいんだろうか。やっぱり冷淡な人間なんだろうか。周囲の人達に物凄く薄情で失礼な事をしている気がするよ
ボランティア先の職員さんに、うちの法人にはこなかったんだーとよく言われるんですが、なんせ募集時期が遅かったもので…。不安になってしまったんですよ
たくさん印象深い方が多いけど、顔を合わせるたびに嫌味をぶつけてきたり小馬鹿にした目で見たり(間違いを指摘されるならまだしも、合ってる事にさえ口を出すって…)する調理師の人がいてちょっと我慢ならなかったので、その人と縁が切れると思えばすっきりする。
ともあれ三月末までは続けたいな。
年賀状を出す時に、長生きしてねなんて書かんときよと言われ、もちろん書かないつもりだと思った。普通はそう願えるのが幸せな事で、外から見ればこの母と私のやり取りはきっと嘆かわしすぎる。だけど「長生きしてね」という言葉がある種物凄く無邪気すぎる、そして幾らかの人の心に嫌な感情を与えてしまう、そういうぴりぴりした状況がおばあさんを取り囲む人達の間に起こっているわけで。そして私もそれをぬけぬけと批判できる立場ではない一人だ。
ただ、元気でいてくれたらとは思うし、せめてそれは書いた。でも元気でなくても何でもいいから生きていてくれれば…と純粋に願う事ができない。ほとんど思い出がないせいもあるだろうが、何か可哀相だとかこれからは少しでも実家に帰って顔出そうと思う以外は、これといった強い思いが湧かない。その自分の打算ぐあいが後ろめたい。いつもそれだ。
なくして何も感じないわけはない、それは断言できるが、逆になくす事で私が涙を流すほどの何か・誰かはいるだろうかと考えてみると黙り込むしかなかった。その自問に反論できない事に気づかされる。何のためらいもなく純粋に愛情を注ぎあたたかい思いを育める対象や機会が、遡って考えてみても自分にはほとんど見当たらない気がして、これって結構異常な事ではないんだろうか。そんな事を思うとゆっくり落ち込んでいくし、人間としてその点で大きく欠けていると思わされる。いつもそれが引っかかりコンプレックスになっていたし、人のせいにしてもそれで落ち着くわけではないのだ。
今から頑張ればいいんだろうか。にしてもこんなんでいいんだろうか。やっぱり冷淡な人間なんだろうか。周囲の人達に物凄く薄情で失礼な事をしている気がするよ
ボランティア先の職員さんに、うちの法人にはこなかったんだーとよく言われるんですが、なんせ募集時期が遅かったもので…。不安になってしまったんですよ
たくさん印象深い方が多いけど、顔を合わせるたびに嫌味をぶつけてきたり小馬鹿にした目で見たり(間違いを指摘されるならまだしも、合ってる事にさえ口を出すって…)する調理師の人がいてちょっと我慢ならなかったので、その人と縁が切れると思えばすっきりする。
ともあれ三月末までは続けたいな。
コメント